〜なぜ今、未来のために遺すべきなのか〜
はじめに
ある日、あなたが使っているスマートフォンのAIアシスタントが、まるで人のように話しかけてくる。
あなたの予定を把握し、写真を分類し、文章を校正してくれる。
まるで優秀な秘書のような存在。
でも、こんなふうに問いかけてみてください。
「このAIは、100年後も同じように動いているだろうか?」
技術は進歩しているのに、過去の技術が継承されなかったことで、再現できなくなった例は数多くあります。
いま、私たちは「AI技術の継承」という歴史的な岐路に立っています。
1. なぜAI技術の継承が必要なのか?
1969年、人類はアポロ11号で月面に降り立ちました。
当時の計算能力は、今の電卓やスマートウォッチにも劣るレベル。それでも人は月に行けたのです。
ですが今、当時のロケット(サターンV)の設計図や制御アルゴリズムは、
失われてしまったか、再現が極めて困難になっていることが分かっています。
これと同じことが、AI技術にも起ころうとしています。
たとえばChatGPTのようなAIが何万時間もかけて学習した内容や、
それを支える数千個のチップ、分散処理システム、知識の選別方法――
それらが企業の中に閉じ込められ、誰も全貌を知らないまま、技術が「使われるだけのもの」になっている。
これはたとえるなら、エンジンの仕組みを誰も知らないまま、車だけが自動で走っている状態です。
いずれエンジンに不具合が起きれば、誰も修理できず、ただ止まるだけ。
2. AIは「使える」けれど「理解できる」人が少ない
今のAIはとても便利です。
「文章を書いて」「翻訳して」「画像を生成して」と言えば、それっぽい結果を返してくれる。
でも、その裏でどんなロジックで答えているのか?
「なぜこの答えになったのか?」と問うと、多くの人が答えに詰まります。
これはたとえるなら、「よくできた魔法の鏡」です。
話しかければ答えてくれるけど、鏡の裏側には誰も入れない。
こうした状態が続くと、私たちはAIを便利な道具としては扱えても、次世代に教えることができなくなります。
「使い方」しか残さず、「なぜ動いているのか」が失われる。
それは、レシピだけ残っていて素材も調理法も忘れた料理人と同じです。
3. AIを未来に遺すために、今できること
✅ 1. 技術と背景を「言葉で」記録する
コードだけでなく、なぜこの構造にしたか、何に悩み、何を諦めたのか。
その思考の過程を、言語で、物語として残すことが重要です。
✅ 2. 体験を「共に語る」文化を育てる
年長者が若者に話すように、技術も人から人へ語られるべきです。
記録だけでは伝わらない、「目の動き」や「ためらい」も含めてこそ、技術は生きた知恵となります。
✅ 3. AIを公共財として扱う
水や電気のように、AIも社会全体で守り、使い、改善していくべき資源です。
誰でもアクセスでき、誰でも参加できる形にすることで、継承の土壌が育ちます。
おわりに
技術の進歩は、素晴らしい未来を創る力です。
でもそれは、その技術が「人間の中で生き続ける」ことが前提です。
AIが私たちの記録を引き受ける前に、
私たちがAIそのものを記録する意志を持つことが大切です。
未来の子どもたちが、今の私たちが使っていたAIを、
ただの道具ではなく「人類の叡智のひとつ」として受け取れるように――
今、私たちができることを始めていきましょう。