知りたいという気持ちには、それ自体に理由はいらない。前にそんなことを書きました。 日本史を調べているうちに寺や神社が気になり、そこから仏教の歴史、朝廷や武士との関係へと、知りたいことは尽きません。 ギターも同じで、メロディーは指が追いかけてくれるのに、伴奏になると次のコードがすぐには出てこない。 「これは練習できないだろうか」、そんなことが気になるようになりました。 けれど最近は、そこからもう一歩進むようになりました。 気になったことを、知って終わりにするのではなく、自分に合った学び方そのものを作れないか ...