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日本人にとって「働く」とは — 言葉に込められた想い

2025年の流行語大賞が高市首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります/女性首相」に決定しました。

この言葉を聞いて、あなたはどう感じましたか?
「頑張ってるな」と共感した人、「働きすぎでは…」と心配になった人、きっといろいろな受け止め方があったと思います。

実は、この反応の違いこそが、今の日本社会が「働く」という言葉に対して抱いている複雑な想いを映し出しているのかもしれません。

私たちが何気なく使う「働く」という言葉。
しかし、その言葉には、日本人が長年大切にしてきた価値観や哲学が、静かに、しかし確かに刻まれています。

今回は、漢字や歴史、現代社会の変化を手がかりに、「働く」という言葉に込められた想いを、一緒にたどってみたいと思います。


「働く」という字 — 和製漢字に込められた意味

日本語の「働く」を漢字で書くとき、私たちは「働」という字を使います。

実はこの「働」という字、中国から伝わった漢字ではなく、日本でつくられた和製漢字(国字) なんです。知っていましたか?

「働」は、人偏(にんべん)+「動」 の組み合わせ。つまり、「人が動く」ことを意味します。

この字づかいには、次のようなメッセージが込められているようです:

「働く」=人が自ら動き、力を尽くすこと

単なる肉体労働ではなく、人として "動く" — つまり、自らの意思と体で貢献する行為

言葉の起源に、このような能動性があるということは、働くことをただの義務や手段と捉えるだけではなく、「人としての行動」 と見なしてきた日本人の哲学を感じさせます。

ちなみに、英語の "work" や "labor" には、こうした「人の動き」というニュアンスはあまりありません。日本人が独自に作った漢字だからこそ、独特の価値観が込められているんですね。


「傍(はた)を楽(らく)にする」 — 働くことの本来の意味

さらに深く日本人の伝統的な働き方の価値観を探ると、よく引用されるのが、次の言葉です:

「働くとは、傍(はた)を楽にすること」

この言葉、聞いたことはありますか?

ここでいう 「はた/傍」 は、自分だけではなく 「そばにいる人」「周囲の人々」 のこと。
「楽にする」 は、心身を安らかにすること、生計を支えること、安心を与えること。つまり 「誰かを助ける」「誰かの役に立つ」 という意味です。

言い換えるなら:

  • 働くことは自分ではなく、他者や社会のために力を尽くすこと
  • 単にお金を稼ぐため、というだけでなく、誰かの生活を支え、楽にするための行為

この視点は、古くから日本人の働き方に流れる 「利他性」や「共同体意識」 を示すものと考えられています。

昔の人の働き方 — 午前と午後で違う「働く」

興味深いことに、江戸時代の働き方として次のような話が語り継がれています:

  • 午前中は稼ぎのために働き
  • 午後には町や近所のために「傍を楽にする働き」 をする

※ただし、これは広く語られている話ではありますが、歴史的な裏付けとなる文献は明確ではありません。一つの考え方として捉えていただければと思います。

つまり、「働く」という行為は、お金を稼ぐ手段であると同時に、社会の一員としての責任や思いやりを果たす行為 でもあった――。

現代の私たちからすると、「午後はボランティア」なんて、なんとも豊かな時間の使い方ですよね。


近代以降に形づくられた「勤勉・勤労」の価値観

一方で、近代以降、日本人の働き方とその意味は、時代とともに変化してきました。特に、次のような価値観が強くなっていったようです。

明治以降の変化

  • 勤勉さ・まじめさ — 与えられた職務をきちんと果たし、手を抜かず努力すること
  • 社会・組織への献身、安定志向 — 家族や会社、地域を支える役割を重んじること
  • 長時間労働=努力の証 という価値観

ここで注目すべきは、この 「勤勉=美徳」「長時間労働=努力の証」 という価値観は、必ずしも自然発生的なものではなく、ある意味では 近代国家としての成長と、国際競争のなかで "日本人らしさ" を強調するために作られたアイデンティティ だという指摘もあることです。

つまり:

  1. 伝統的な「傍を楽にする」という利他的な価値観
  2. 近代化・高度経済成長という社会変化のなかで上書きされた「勤勉」「責任」「献身」という価値観

これら二つの層が重なり合って、今の私たちの「働く」イメージが形成されているのです。


現代における変化 — 「働く意味」の再考

そして今、私たちはまた、「働くとは何か」「どう働くべきか」を問い直す時代 にいます。

最近の論考では、次のような問題意識が広がっています:

1. 「長時間働く=善」という古い価値観の見直し

長時間労働は、心身の健康を損ない、"働きすぎ" という社会問題を生み出します。高市首相の「働いて働いて…」という言葉に対して、賛否両論があったのも、この価値観の転換期にあるからでしょう。

2. 「成果重視」「質の高い働き方」へのシフト

時間や量ではなく、適切な成果をあげること、そして生活と仕事のバランス(ワークライフバランス)を重視する働き方が求められています。

3. 「余白(ゆとり)」の重要性

労働=単なる義務ではなく、「心の豊かさ」「創造性」「人間性」を育む場 でもある、という再認識が進んでいます。

昔の人が午後にボランティアをする余裕があったように、現代の私たちにも「働くこと」と「生きること」のバランスを取り戻す必要があるのかもしれません。


私たちにとっての「働く」の意味 — 今、改めて考えたいこと

これまで見てきたように、「働く」という言葉は、ただの「労働」「収入を得る手段」ではありません。

三つの層が重なり合っている

  1. 伝統的な価値観: 「周囲や社会のために力を尽くすこと」「他者を楽にすること」
  2. 近代的な価値観: 「勤勉」「責任」「献身」
  3. 現代的な価値観: 「効率」「成果」「心の豊かさ」「余白」

それゆえに、私たちは問い返すべきではないでしょうか —

あなたにとって「働く」とは?

  • 自分にとって、そして社会にとって、「働く」とは何なのか?
  • ただ時間を売る賃金稼ぎか?
  • あるいは、誰かのため、誰かを支えるための行為か?
  • それとも、自分の人生を豊かにし、成長させるための行為か?

そして、自分なりの「働く哲学」を持ち、「どう働きたいか」「なぜ働くか」を明らかにすること

それが、これからの時代の「日本人らしい生き方」にもつながるのではないかと、私は思います。


おわりに

2025年の流行語大賞となった「働いて働いて…」という言葉。

この言葉に対して、あなたはどんな想いを抱きましたか?

「働く」という言葉の奥深さを知ることで、自分の働き方や生き方を見つめ直すきっかけになれば嬉しいです。

コメント欄で、あなたの「働く哲学」をぜひ教えてください。

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