理由もなく思い出す、あの日の現場
長く会社勤めをしていると、ときどき理由もなく、昔の現場を思い出すことがあります。
特別な出来事だったわけでもない。表彰されたわけでもない。ただ、なぜか心の奥底に温かく残っている記憶。
シニア世代のサラリーマンには、そういう「静かに誇れる時間」が、一つや二つはあるのではないでしょうか。
私自身にも、そんな大切な記憶があります。

すばる望遠鏡と、深夜の工場
若いころ、国立天文台ハワイ観測所「すばる望遠鏡」に使われる部品の組み立てに携わったことがありました。
組み立て方法の工夫から始まって、深夜まで続く作業。静かな工場。言葉は少なく、手だけが黙々と動いている時間。仲間たちと目配せを交わしながら、一つひとつの工程を丁寧に積み重ねていく日々。
当時は、それがどれほどの意味を持つのか、正直なところ、よく分かっていなかったと思います。
自分が組み立てている部品が、どこで、どんなふうに使われるのか。どんな人が、それを必要とするのか。そして、その先にどんな未来が広がっているのか。
想像する余裕もなく、ただ目の前の作業を、間違えないように、心を込めて続けていました。
価値は、あとから静かに見えてくる
仕事というものは、本当に不思議なものです。
その場では、価値が見えないことのほうが多い。完成しても拍手はない。誰かに名前を覚えられることもない。
それでも、時間がたってから、ふとしたきっかけで思い出すことがあります。
ニュースで見た宇宙の写真。記事の片隅に載っていた天文学の話題。満天の星を見上げた夜。
「あのときの部品は、今もどこかで、誰かの夢を支えているのだろうか」
そんな問いが、遅れて、でも確かに心に浮かぶのです。
人生の後半に分かること
人生の後半になって分かってくるのは、仕事の本当の意味は、あとから静かに形を持つということです。
若いころは、評価や成果ばかりが気になります。すぐに見える結果を求めてしまいます。
でも、時間がたつと、それよりも、
- 自分は、確かに心を込めて手を動かしていた
- 誰かの役に立つ大切な工程に関わっていた
- 見えない誰かの未来を、少しでも支えていた
という静かな事実のほうが、じんわりと胸に残ってきます。
それは大きな誇りではないかもしれません。けれど、決して色あせることもありません。時が経つほどに、その重みが増していくような気がします。
いま、現場で働く若い人たちへ
いま、製造業の現場で働いている若い人たちにも、このことは、きっと共通しているはずです。
目の前の加工。繰り返しの組み立て。完成品の姿は、まだ見えない。日々の作業に、迷いや疲れを感じることもあるでしょう。
ときには、「自分の仕事は、本当に何の役に立っているのだろう」そう感じる日もあるかもしれません。
でも、少なくとも一つだけ、私から伝えたい確かなことがあります。
その手の中にある作業は、必ず誰かの暮らしを支える大きな流れの一部になっている、ということです。
それが見えるのは、ずっと後になるかもしれません。あるいは、一生見えないままかもしれません。
それでも、あなたの手から生まれた仕事は、決してなくなることはありません。
手を離れても、働き続ける
仕事は、自分の手を離れたあとも、どこかで静かに働き続けています。
名前は残らなくても。記録に載らなくても。
夜遅くまで続けた作業も、無言で積み重ねた工程も、時に弱音を吐きながらも完成させた一つひとつの部品も——誰かの世界を、今この瞬間も、確かに支えています。
それは、宇宙を見つめる望遠鏡かもしれない。誰かの命を守る医療機器かもしれない。毎日の暮らしを便利にする身近な製品かもしれない。
どんな形であれ、あなたの仕事は、確実に誰かの人生の一部になっています。

新しい年に、振り返ること
新しい年に、無理に大きな目標を立てなくてもいい。
代わりに、これまでの時間を、少しだけ思い出してみる。静かに振り返ってみる。
「あのときの仕事は、今の自分から見ると、どんな意味を持っているだろうか」
「どんな人の、どんな瞬間を、支えることができたのだろうか」
その問いをそっと心に置くだけで、今年という時間は、少し違って見えてくるかもしれません。そして、これから始まる一日一日が、少しだけ温かく感じられるかもしれません。
残したい言葉
仕事の価値は、その場では分からないことが多い。
でも、決して消えることはない。
時間をかけて、静かに、確かな形で残っていく。
それが、働くということの、本当の意味なのかもしれません。