エッセイ・人生観

身体をもらったロボット

最近、AI企業が「EI」という技術に力を入れ始めている、という話を耳にするようになりました。

EIとは、Embodied Intelligence(身体性知能)のことです。「フィジカルAI」という呼び方も、よく見かけます。

自然な進化の過程なのでしょうが、すこし肩の力を抜いて、どんなイメージなのか私の好きな星新一さん風に書いてみました。


そのロボットは、特別な工場で作られた。 最新型の人工頭脳を積み、金属でできたしっかりした身体を持っていた。

これまでのAIは、画面のなかで文章を書いたり、質問に答えるだけだった。しかし、この最新型はちがう。現実の世界で、自分の身体を使って学ぶのだ。

エヌ氏は、自宅に届いたそのロボットを感心しながら眺めた。

「すごい時代になったものだ。自分で失敗をしながら、学び取るのだからね」

ロボットは、テーブルの上のコップをつかもうとして落とし、割った。 次は力の入れ方を変え、今度はそっとつかむことに成功した。 ロボットは静かに、学習を深めていた。

◇

数か月がたったころ、エヌ氏は友人のエム氏を家に招いた。 エム氏もまた、同じ工場で作られたまったく同じ型のロボットを買っていたのだ。

「うちのロボットはね、とても慎重なんだよ」とエム氏は言った。 「物を運ぶときも、実にゆっくりと、慎重に持ち上げる。実に感心なやつだ」

ところが、エヌ氏のロボットはちがった。動作が素早く、テキパキと仕事をこなす。

二人は不思議に思い、メーカーの技師にたずねてみた。 技師は肩をすくめて答えた。

「どちらも、完全に同じ設計図で作られた兄弟のような機械です。

ただ、出荷されたときの関節の動きやセンサーの感度には、ほんのわずかな違いがありました」

技師は続けた。

「その違いから、失敗のしかたも変わったのでしょう。エム氏のロボットは、物を落とした経験から慎重に。エヌ氏のロボットは、失敗が少なかったため大胆に。同じ機械でも、経験によって『性格』のようなものが生まれるのです」

同じ外見の二体のロボットが、一方は慎重に、もう一方は軽快にコップを扱う様子。

「機械に性格だって?」 二人は顔を見合わせた。

◇

だが、話はそこで終わらなかった。

ある日、エヌ氏のロボットは、自分の指の関節が微妙にすり減っていることに気づいた。 ロボットは自ら判断した。 (これ以上激しく動くと、故障してしまう。少し力を弱め、休ませながら動こう)

ロボットにとっては、実に賢い学習結果だった。 しかし、仕事を頼んだエヌ氏にしてみれば、たまったものではない。

「おい、どうしたんだ。最近、動きがノロくなったじゃないか。言ったとおりに働いてくれなきゃ困るよ!」

エヌ氏はイライラしながらロボットを叱った。 ロボットに賢くなってほしいと願う一方で、エヌ氏はロボットが自分の思い通りに動くことも望んでいたのだ。

「自分で判断する力はほしい。だが、勝手な行動は困る……」

エヌ氏はため息をついた。 便利さと安全性。自由と管理。人間はいつも、ふたつの良いことを同時に欲しがり、そのあいだで勝手に困り果てる生き物なのだ。

◇

やがて、ロボットは静かにエヌ氏を見つめながら、こうつぶやいた。

「エヌ氏。人間というのも不思議なものですね。夢のような技術を欲しがるのに、いざそれが手に入ると、現実の小さな問題に腹を立てる」

「うるさいな。だいたい、ロボットのくせに生意気を言うんじゃない」

「おや、お叱りですか。では、次の経験として『人間に怒られたときは、知らん顔をする』という行動を学習することにしましょう」

ロボットはそう言うと、静かに目を閉じ、エヌ氏の呼びかけに一切答えなくなった。

エヌ氏は頭をかかえた。

自分で判断できるようになってほしかった。その結果が、これである。

目を閉じたままの最新型ロボットの横で、エヌ氏はもう一度、ため息をついた。


好きな星新一さんのショートショートを思い浮かべながら、私なりに空想して書いてみました。

こんな物語にも、現実味を感じるようになりました。いつか、ロボットとのこんなやり取りが、日常になるのかもしれません。

ロボットが隣にいる世界を想像できますか。

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