
今年の年賀状、私はこのデザインを選びました。
「なぜこれを選んだの?」と聞かれても、実は上手く説明できないんです。 ただ、手に取ったとき、ふっと心に届くものがあって。
「ああ、この一年は、こんな始まりでいいな」
そんな風に、自然と思えたのです。
瓢箪って、よく見ると不思議な形ですよね
瓢箪は昔から縁起物として大切にされてきました。 でも改めて眺めてみると、なんだか不思議な形をしています。
ころんとして、くびれがあって。 中は見えなくて、何が入っているのか分からない。
軽くて、ちょっと頼りなさそうで。 それなのに、昔話やことわざの中では、なぜか大事な役目を任されているんですよね。
この年賀状の瓢箪も、「これから何が起こるのか」を、あえて語りません。 その曖昧さが、私はなんだか好きでした。

ふと、「瓢箪から駒」という言葉を思い出して
瓢箪を眺めているうち、あることわざが浮かんできました。
瓢箪から駒。
ありえないと思っていたことが、現実になる。 冗談みたいな話が、思いがけず本当になってしまう。
日本語って面白いなと思うのは、こういう言葉があるところです。 「世の中は思い通りにならないけれど、それは必ずしも悪いことじゃない」という感覚が、ことわざの中に静かに息づいている気がします。

日本語は、最初から決めつけない言葉
日本語って、不思議な言語だなと思うことがあります。
- はっきり断定しない
- 先に意味を決めすぎない
- 行間や余白を大切にする
「こうなるはずだ」「これが正解だ」と、最初から固めてしまわない。
起きたことを後から振り返って、 「ああ、結果的にあれでよかったのかもしれないな」 と、静かに受け止め直していく。
そんな姿勢が、言葉の中に自然と織り込まれている気がするんです。
この年賀状も、少し似ているかもしれません
この年賀状には、大きなメッセージは書かれていません。
でも、色合い、形、配置の余白が、 「どうぞ、ゆっくり受け取ってくださいね」 と、優しく語りかけてくるように感じるんです。
読む人によって、感じ方が違っていい。 意味が違っていい。
それが、とても日本語らしいなと思いました。
お正月くらい、立ち止まってもいいですよね
今の時代は、はっきり言うこと、早く伝えること、強く主張することが求められがちです。
SNSでも、仕事でも、「結論から」「端的に」って言われますよね。
けれど、お正月のひとときくらいは、少し立ち止まってもいいんじゃないでしょうか。
何かを決めなくてもいい。
目標を言葉にしなくてもいい。
ただ、 「今年は、どんな一年になるのだろう」 と、静かに思う時間があってもいい。

最後に
瓢箪の中から、何が出てくるのかは分かりません。
でも、分からないまま始める一年も、きっと悪くない。
そんな気持ちで、本年もどうぞよろしくお願いいたします。